みつきの人生レシピ

12年引きこもり主婦のみつきです。人生色々ありますね。。辛い素材も楽しい素材も調理して美味しくいただきましょ♪

予備校・塾なしで大学受験をサポートしてくれた高校(体験談)

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こんにちわ!みつきです!

今話題のドラマ、ドラゴン桜が最高のフィナーレを迎えました!と言っても、私は子育てで忙しすぎるため、シーズン2は見ることはできなかったのですが、ネットニュースやウィキペキアなどで内容は少しつかんでいました。

改めて感じたのが、人生において「勉強ってのはな、この国で許された唯一の平等なんだ」は名言中の名言。もう、すべこべ言わないでさっさと勉強しなさい!という感じです。

桜木先生のような「自分の強み・弱みをはっきりと伝え、背中を押してくれる存在」が人生で出会えたら最高であること。

 

そして、私がかつて通っていた母校は、ドラマに登場した龍山高校・龍海学園のような底辺校だったことです。

まさに偏差値40とか39とか地域で一番低いんじゃないかな?

この学校に行っていること自体がちょっと恥ずかしい、親御さんからするとあまり自慢はできない学校だったかもしれません。

でも、そのような学校でも学内で一流大学を目指す「進学クラス」が存在してました。

龍山高校でいう特進クラス、龍海学園では東大専科とまではいかないですが、一流私立大学を狙う進学クラスが母校に2クラス存在していました。

前置きは長くなりましたが、母校での様子、私のお話などを少しご紹介できたらと思います。

 

 

mitsuki-liferecipe.com

 (このブログ記事の中高の欄をご参考にしてください)

 

 

底辺校の底力

入学時はみんな偏差値は低かった

私は中学受験でこの学校に入りました。

当時、私自身の偏差値は31、もう絶望的過ぎですよね。この学校の偏差値は40に届くかどうかの水準でした。入学時の成績はほぼ最下位、先生からは入学当時から熱心な指導を受けましたね。夕方の特別教室は今でも忘れないです。

周りの学友の偏差値ははっきりとわかりませんが、そこそこの偏差値の学校からご縁がなく、二次試験で入学した子は私よりも格段に偏差値は高いと思われます。(二次試験で私の母校に入学できる子は、一次試験は上位校を受けていることが多いです)

それでも全体的に見たら偏差値は龍山高校・龍海学園並だったのではと思われます。

学校の内情

母校では週に一度全体集会が開催されていました。

当時の教頭先生はしきりに「しっかりと勉学に励み」と何度も繰り返していました。

授業中でも先生方は「今君たちの学力は下だけど、ここで学んだらこんな上まで行くから頑張ろう!」としきりに言っていました。

当時の私からすると私がまさかそんな高い偏差値?無理無理という考えで他人事感覚で聞いていました。

今から振り返ると学校の経営状況はちょっと危なかったかもしれません(龍海学園と同じです・・)

学校のPRとして一人でも多く一流私立大学、中堅大学へ合格させないと!学校の評判を上げないと!と思っていたのかもしれないです。

一人でも多くの合格実績を出せば、学校のPRにもなりますし、低い偏差値の子でも自分も頑張れば6年後は一流大学へ進学できるかもしれない!と思って入学を決意してくれるかもという考えがあったかもしれません。

レベル分けされた進学クラス

私が進学クラスへ進学した時期は高校3年生でした(かなりかなり遅いですよね)

それまでは普通クラスに在籍し、なんとなく自分は卒業したら他の短大か、その辺の専門学校へ進学するのだろうと思っていました。

あるきっかけで、ちゃんとした大学へ行きたいと高校二年生から考えるようになり、普通クラスでの成績順位を上げたおかげで、進学クラスへの変更が認められました。

 

しかし!!進学クラスに入ったら、AからDまでのクラスにレベル分けされており、

私は一番下のDクラスでした。もはや進学クラスの中でも、中堅以下の大学、就職などオワタ感/(^o^)\が若干漂っていました。

私は一刻も早くDクラスから抜け出したかったので、死ぬ気で勉強して2学期にはBクラスに入ることができました。

Dクラスはオワタ感/(^o^)\があると思っていましたが、Dクラスのおかげで大学受験の基礎をしっかりと叩き込むことができ、自宅でも参考書や問題集を片手に毎日4時間は勉強していました。

勉強法は一冊の参考書をとにかく読みつくす、頭に叩き込む、その知識を持って応用問題に挑戦しまくる、その繰り返しのみです。

 

今思えば、クラスをレベル分けをすることで個人レベルに合った授業を受けることができますし、私のように早く抜け出したいという競争心を仰ぐことで勉強により力が入ったのではないかなと思います。

ちなみに高校から同じ大学へ行った同級生は、A・Bクラスの子がほぼ占めていましたね。Dクラスの子はいませんでした。

 

 

熱心な先生方の指導

先生方は一人でも多くの生徒を一流大学合格を掴ませるためにご熱心に指導してくれました!朝から夕方遅くまで質問をしても必ず対応してくれたので、私は全幅の信頼を置いていました。

さきほどDクラスの話をしましたが、当時の私はDクラスの生徒にもかかわらずAクラスの先生にも積極的に質問をしていましたね。これくらいの積極性がないと知識は身につかないだろうと当時はおもっていました。恥ずかしいなんて全然ありませんでしたね。

 

ちなみに当時の私は進学クラスでの友人は数えるほどしかいませんでした。

高校三年間は勉強に専念し、ややこしい友人関係に振り回されたくない!という強い意志があったおかげで乗り切れました。逆にクラスメートや友達を大事にしすぎている友人は志望校落ちていましたし、恋に溺れた同級生もなかなかな?結果を残していました。

人間関係に対してシビアすぎる鬼だと思われるかもしれないですが、合格するためなら他人にかまっている暇はないという考えでした。

卒業アルバムをみると、私は全然親しくない人たちとグループ写真に写っていましたw

 授業内容は全部受験に特化した授業

授業に関していえば、1時間目から7時間目まで全て受験に特化した授業でした。今から振り返ると予備校のような授業内容で、家庭科や音楽といった副教科の時間は削減されていました。ただ体育は週3回ほどあった記憶があります。(今のご時世、母校のクラスと同じようなことをすれば、おそらく副教科の履修問題で大きな問題になっています)

同じ学校の違うクラスにいる友人に話を聞くと、普通に副教科は充実していたらしいので、進学クラスは予備校のようなクラスだったことがよくわかります。

私的には受験勉強に専念したかったので、副教科の時間を学校ぐるみで割いてくれたのは逆にありがたかったです。

ちなみに塾・予備校なしで大学受験を突破

言うまでもなく進学クラスのおかげで、私は塾や予備校なしで大学受験を突破できました。そのあたりは龍山高校・龍海学園と似ているかなと思いました。

さすがに教室内にテントはありませんでしたが、志としては「勉強をすることで、この環境から抜け出したい!」という気持ちはみんなあったんじゃないかなと思います。

私は金銭的な事情で塾や予備校に行けませんでしたが、Aクラス、Bクラスの中で通っていた子もいます。私は塾や予備校へ通えなかった分、思い切り学校の先生方から知識を吸収しました。

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付属短大もありますが、進学しなかった理由

 実は母校には付属短大があります。両親としてはそこまで無理しなくても付属短大へ進学したら楽なのにという考えでした。

しかし、私は絶対に通いたくありませんでした。

なぜなら短大でも制服があるからです・・興味のある学科がないというのも理由ですが。

正直中高と厳しい校則で精神的にしんどい気持ちになっているのに短大でも制服は着たくありません。

簡単に言えば短大の制服がいやだからw通っていた人ごめんねー

東大とまではいきませんが中途半端な大学では納得してくれませんでしたので、それなりのレベルの大学を提示しないと認めてくれませんでした。

制服が嫌という動機で、大学受験をし、キャンパス内で旦那さんと出会ったのでそれでよしかなぁと思っています。

旦那さんに私の高校の話をすると「よくここまでがんばったね」と言われましたね。(旦那さんは公立のトップ校出身なので・・ふん!)

ドラゴン桜は2005年のシリーズしか見ていませんでしたが、それでも龍山高校の生徒達には心からエールを送りながら楽しませてもらいました。

社会へ出るとコネやら何やらで不平等だと感じることは多いですが、大学受験(指定校推薦等は除く)においては人生において平等に勝負ができる場所だと思っています。

現在、底辺と呼ばれる学校で頑張っている生徒さんは自分を信じて勉強を頑張ってください!!

 

 

 

 

 

 

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